大判例

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最高裁判所大法廷 昭和35年(あ)1772号 判決 1963年12月04日

主文

原判決および第一審判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一、弁護人伊藤修佐の上告趣意について。

論旨第一引用の原判決の判示中、第一審判決判示第一の犯罪にかかるスイス製ムーヴメント女物腕時計三〇個(同判決別紙犯罪一覧表その一中番号2の物件)中一五個分の追徴に関する判断は、引用にかかる東京高等裁判所判例(昭和三四年(う)第二五七号、同年六月四日第六刑事部判決、高等裁判所判例集一二巻六号六二三頁)の趣旨と相反すること明らかである。よって按ずるに、関税法一一〇条一項の犯則貨物が知情者間に転々譲渡された場合、最終知情取得者が税関長の通告処分に対する履行として該貨物を税関に納付し、その所有権が国庫に帰属するに至った後は、実質上没収がなされたと同じであるから、同法一一八条二項はもはや適用がないものと解すべきであって、右高等裁判所の判例は結局正当として是認さるべきである。従って、原判決が右と異なる見解の下に第一審判決の前記腕時計の没収に代わる追徴の言渡を是認したのは失当といわなければならない。所論は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決および第一審判決は破棄を免れない。

二、なお、職権により調査するに、

(一)  被告人に対する附加刑として第三者の所有物を没収する判決を言い渡すには、所有物を没収される第三者についても法律に定める手続に従い予め告知、弁解、防御の機会を与えることが必要であって、これなくして第三者の所有物を没収することは適正な法律手続によらないで財産権を侵害する制裁を科するに外ならず、憲法三一条、二九条に違反するものであることは、昭和三七年一一月二八日宣告にかかる当裁判所大法廷判決(昭和三〇年(あ)第二九六一号刑集一六巻一一号一五九三頁)の趣旨とするところである。

しかるに、原判決の是認する第一審判決が没収を言い渡した押収の外国製腕時計オレオール七六個および同ラド四五個(第一審判決判示第三の犯罪貨物にして主文第三項掲記の物件中昭和三二年証第一五五八号の七ないし九および同号証の一三、一四)が被告人以外の第三者の所有に属することは、記録上に証拠資料の存するところである。

それゆえ、判示の犯罪に係るこれらの外国製腕時計の所有者に対し予め告知、弁解、防御の機会を与えることなくこれらの物件の没収を言い渡した第一審判決およびこれを是認した原判決は、いずれも憲法三一条、二九条に違反するもので破棄を免れない。

(二)  また関税法一一八条にいわゆる犯罪貨物が数人の犯人の間に順次譲渡された場合、そのうちの一人から既に犯罪が行われた時の価格相当金額が追徴され国庫に帰属した後は、他の関係犯人に対し重ねて同条二項による追徴の言渡をすることの許されないものと解すべきことも、当裁判所の判例(昭和三六年(あ)第二九九三号、同三七年六月一九日第三小法廷判決、当裁判所刑事裁判集一四三号七七一頁)の判示するとおりである。

記録によると、原判決の是認する第一審判決が追徴を言い渡した判示第二の犯罪貨物たるスイス製男子用腕時計アルボナ二八個は、被告人から京浜百貨店が密輸入品たるの情を知って買い受け、同百貨店はこれを情を知らない同店店員に記念品として贈与し、これがため右百貨店は税関長の通告処分により追徴金相当額の納付を命ぜられ、これを履行したことは、原審が第一審判決判示第二事実に関して認めたとおりである。

してみれば、右物件に関し関税法一一八条二項に則り被告人に対し重ねて追徴を言い渡した第一審判決およびこれを是認した原判決は、右追徴に関する規定の解釈適用を誤った違法があるものというべきで、原判決および第一審判決は破棄を免れない。

よって、刑訴四一〇条一項本文、四〇五条一号、三号、四一一条一号に従い、なお昭和三八年法律第一三八号刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法の施行されたことに鑑み、刑訴四一三条本文を適用し主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官横田喜三郎、同入江俊郎、同斎藤朔郎の補足意見、裁判官奥野健一、同山田作之助の少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官斎藤朔郎の補足意見は、次のとおりである。

旧関税法(昭和二三年法律第一〇七号により改正された明治三二年法律第六一号)違反の犯罪にかかる貨物またはその犯罪行為の用に供した船舶が犯人以外の第三者の所有に属する場合において、その所有者たる第三者が貨物について右関税法所定の犯罪行為が行われること、または船舶が同法所定の犯罪行為の用に供されることを予め知っており、その犯罪が行われた時から引きつづき右貨物または船舶を所有していた場合に限り、右貨物または船舶につき没収を科しうるものと制限的に解すべき旨の見解は、昭和二六年(あ)第一八九七号同三二年一一月二七日大法廷判決(刑集一一巻一二号三一三二頁)において示されたところであり、現行関税法一一八条一項一号が右見解と同趣旨を明文をもって規定していることは、周知のことである。

しかして、右第三者が右のように悪意であって、実体法上没収できるものであるかどうかは、被告人に対する刑事訴訟手続で証明すべき事項であり、その悪意が証明されない限りは没収を科することができないのであるから、被告人と第三者の権利はこれだけでも、いわゆる無差別没収の場合に比べて、相当に保護されているといえる。しかし、昭和三〇年(あ)第二九六一号同三七年一一月二八日大法廷判決(刑集一六巻一一号一五九三頁)は、さらに一歩を進めて、被告人でない第三者にも告知、弁解、防御の機会を与えていないことは適正な法律手続といえない旨を指摘した。その趣旨は、第三者に告知、弁解、防御の機会を与え、もってその所有権の保護の完全を期する点にあることはいうまでもないが、それは延いて右の悪意の有無の証明を的確にすることにも役立つものと解される。

さて、昭和三八年法律第一三八号刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法は、右判例の趣旨を承けて制定されたものであって、被告人以外の者(第三者)の所有物が刑事訴訟手続において誤って没収されることを防止するため、没収されるおそれがある物の所有者に対し、被告事件の手続に参加して裁判言渡前において自己の権利を主張する機会を与えるとともに(事前参加の手続)、誤って第三者の所有物が没収された場合には、裁判確定後においても十分な権利救済を保障しようとする(事後救済の手続)ものであるから、一面においては第三者の権利を保護し、他面それによって被告人にも誤った没収の科せられないことを所期するものと解される。したがって、同法施行前の犯行について、現に第一審に係属しまたは将来第一審に係属する被告事件に同法を適用しても、刑罰法規不遡及または事後立法禁止を定めた憲法三九条の法意に反するものといえないと考える。けだし、憲法三九条が刑罰法規不遡及または事後立法禁止を定めたものであることは疑いをいれないが、同条は何人も実行の時に適法であった行為について刑事上の責任を問われないと定めているものであって、実行の時に違法であった行為について刑事上の責任を問うことを禁止するものではない。本件関税法違反行為は、実行の時において関税法に違反するものであるから、それについて刑事上の責任を問うことは、憲法三九条に違反するとはいえないのであり、この違反行為に適用されるべき実体法の規定を合憲的に実現する手続法が整備された以上、その手続法を適用することは、むしろ刑訴一条が要請しているとおり、刑罰法令を適正に適用実現することになるものといわざるをえない。

裁判官横田喜三郎、同入江俊郎は裁判官斎藤朔郎の右補足意見に同調する。

裁判官奥野健一の少数意見は次のとおりである。

没収も刑の一種であるから刑罰法規不遡及又は事後立法禁止の原則の適用のあることは勿論であって、犯罪行為当時、附加刑たる没収を科する旨の刑罰規定が存在していても、その当時は没収を科する手続法規が欠けていたため、没収の言渡をすることができなかった事件について、その後没収を科する手続法規を新設して、没収の言渡をすることは刑罰法規不遡及又は事後立法禁止を定めた憲法三九条の精神に反するものと解する。

すなわち、本件犯罪行為当時は、第三者所有物件に関する没収規定は、その手続規定を欠くため適用不能であったものであることは昭和三七年一一月二八日当裁判所大法廷判決に徴し明らかであり、その後手続法規制定によって始めて適用可能となったものであるから、本件犯行時においては第三者所有に属する本件押収の外国腕時計オレオール七六個および同ラド四五個の貨物は没収の対象とはなっていなかったものである。然るに、その後の手続法規制定によって犯行当時没収の対象となっていなかった物件につき遡及して没収の言渡をなすことは、実行の時に処罰されなかった行為を、事後立法によって処罰するのと同様であると言うべきである。

従って本件において、第三者の所有に属する物件につき、昭和三八年法律第一三八号刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法によって没収の言渡をすることは許されないものと解すべきであるから、本件は破棄自判すべきものであって、差し戻すべきものではないと考える。

裁判官山田作之助の少数意見は左のとおりである。

わたくしは、訴訟法上、被告人に対する没収言渡の効果は、当該被告人に対してのみ効力を生ずるにとどまり、訴訟当事者とされていない第三者の所有権その他の権利には、何らの効果を及ぼすものではないとの見解をとっているのであるから、本件第三者所有物件についての没収の言渡が第三者の所有権を侵害するものであるとの前提の下にこの点につき原判決を破棄せんとする多数意見には賛同し難い(昭和三〇年(あ)第二九六一号同三七年一一月二八日言渡大法廷判決におけるわたくしの少数意見参照)。

なお、多数意見は最近(本件第二審判決言渡後)新らたに制定された「昭和三八年法律第一三八号刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法」(以下措置法という)が、本件にも適用される余地あるかのように解しているようであるが、右措置法に基づき、本件没収の目的物の所有者を本件訴訟に参加せしめ訴訟当事者とした場合には、同人は、すでに訴訟当事者であって、第三者たる地位を失っているのであるから判決言渡の直接の効果は当然同人にも及ぶこととなり、従って同人がその物について有する所有権は当然同人から奪われることとなると解すべきである。(被告人からは、同人は、もともと所有権を有していないのであるから単に同人の有する占有権が奪われるにすぎないものと解する。)そうだとすると、この第三者の立場からみれば、本件新立法がなされなかったならば、訴訟当事者とされることもなく、従って自己の所有権を奪われることもなかったのに、新立法があったため、これが適用され、自己の有する所有権を奪われるという結果を生ずることになるのである。かかることは、刑罰法規不遡及び事後立法禁止を定めた憲法三九条の精神に著しく違反するものであるから、本件に新措置法を適用することは、許されざるものといわなくてはならない。されば、この点に関する奥野裁判官の意見を茲に援用する。

(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 垂水克己 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 横田正俊 裁判官 斎藤朔郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

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